株式会社Spelldata

毎日学習する

毎日3時間の学習を業務に組み込んでいる理由

2023年7月1日
著者: 竹洞 陽一郎

はじめに

あなたの職場では、どれほどの時間を学びに割いていますか?
私が経営するSpelldataでは、我々が毎日、午前中の3時間を学習に充てている事実に、皆さんは驚かれるかもしれません。
毎日、会社全体で定められた時間を学習に費やすというのは、日本の企業文化の中ではあまり見られない風景でしょう。

特にIT業界では、技術が日々急速に進化しているため、スキルの継続的な磨き方がより一層重要になってきています。
多くの企業が即戦力を求め、優秀な人材の採用に力を入れています。
一方で、終身雇用制度の徐々に見られる衰退と並行して、経験や教育が未熟ながらも大いなる潜在能力を秘めた人材の採用は避けられがちです。

中途採用において即戦力を求める手法は、教育水準が高く、再教育への意識が一般的な国、例えばアメリカなどでは有効です。
しかし、大学卒業後の継続的な学習の文化が強くない国、我が国日本を含む場合、この手法は必ずしも上手く機能しないのです。
結果として、我々は恒常的な人手不足という問題に直面しているのではないでしょうか?

近年、"人的資本"という概念が語られるようになりました。
これは、人々を物的資本と同様に、適切な投資を行うことで価値が増す存在と捉える考え方です。
投資によって人々の能力を引き出すことは、経営の重要な課題となりつつあります。
特に、ITサービスを提供する我々のような企業にとっては、人材そのものへの注目が避けて通れないテーマとなっています。

ソフトウェア工学の死

ソフトウェア工学という概念が最初に提唱されたのは、私が生まれた年と同じ、1968年のことです。
当時、ソフトウェアの開発における複雑性と問題点が増え、それを解決するためにはより科学的で工学的なアプローチが必要だという認識が広まっていました。

この背景から、ドイツのゲルマンシュタットにて、NATOが主催するソフトウェア工学に関する会議が開催され、そこで初めて「ソフトウェア工学」(Software Engineering)という言葉が使用されました。
この会議では、ソフトウェア開発のための新たな手法とプロセスを開発し、その品質と効率を改善するために、ソフトウェアを科学的に開発・運用・維持する方法についての議論が行われました。

初期のソフトウェア工学は、科学的、工学的なアプローチを主軸に、手法やスキルを標準化し、再現性を高めることを目指していました。
これは、製造業などの他の工学分野で成功してきた手法をソフトウェア開発に適用しようとした結果でした。
しかしながら、ソフトウェア開発は特異な分野で、絶対なる物理法則が支配する物理的な製品を生産する工業とは異なり、人間の不完全な思考と創造性が中心になります。

2009年に、トム・デマルコが「Software Engineering: An Idea Whose Time Has Come and Gone?」という論文で「ソフトウェア工学の死」について述べました。
この論文では、ソフトウェア開発の品質を向上させるために一貫した工学的アプローチ(ソフトウェア工学)を適用することの限界を指摘しています。

デマルコは、ソフトウェア開発プロジェクトの成功に最も大きく影響を与える要素は、メトリクスやプロジェクト管理の手法ではなく、チームの人間関係やコミュニケーションの質だと主張しています。
また、彼は「コントロール」に重点を置く従来のソフトウェア工学のアプローチに対し、「信頼」に重きを置くことの重要性を強調しています。

彼は特に「メトリクスの過剰な信頼」を批判しており、これがクリエイティブで革新的なソフトウェア開発を阻害し、労働者のモラルを下げる可能性があると指摘しました。
この視点は、アジャイル開発やリーンソフトウェア開発といった新しい開発手法と共鳴し、ソフトウェア開発の人間的な側面、つまり「人的要素」を重視する風潮を生み出す一因となりました。

人間性や属人性を強調するこのアプローチは、アジャイル開発やリーン開発など、現代のソフトウェア開発手法に影響を与えています。
これらの手法は、人間を中心に置き、柔軟性、反復性、フィードバックの重視など、人間性を尊重する価値観を基盤にしています。

Spelldataが求める理想的な技術者像

実際、現代のIT業界では、「やり方」のみに焦点を当てているアプローチが限界を迎えています。
これは、頻発するITシステムや通信システムの障害、毎日のように発生するセキュリティ侵害の事件からも明らかです。
我々の社会は、信頼性の高く、高速なシステムの安定的な稼働を求めており、それを実現するためには、信頼に足る技術者の育成が必要となっています。

Spelldataの主要な業務はソフトウェア開発そのものではなく、SLA/SLOの監視、性能改善、可用性改善といった非機能要求に関する品質改善作業です。
この領域の専門家は稀少で、求人を出しても容易に採用できるわけではありません。

技術手順をマニュアル化することは可能ですが、それを実際に理解し、適切に実践するには個々の技術者が必要です。
マニュアルの内容を理解するためには、専門知識が不可欠です。
もし技術者の倫理観や職業倫理が欠けていると、品質管理はすぐに崩壊します。

さらに、日本国内の情報系の大学教育は、機能要求の実装に重きを置いています。
そのため、アメリカの大学のように「パフォーマンスチューニング」がシラバスに組み込まれているわけではありません。

性能改善や可用性改善には、M/M/1待ち行列理論や統計的品質管理が基本となります。
ポアソン分布や指数分布を含む統計学の知識も必要ですが、大学における統計教育はまだ始まったばかりです。
情報系の大学で統計学がデータ解析の一環として教えられていますが、非機能要求の性能分析の品質管理で使うような教育はまだ行われていません。

その結果、パフォーマンスチューニングの知識を持った学生が大学を卒業することはほとんどありません。当然の結果として、IT技術者の転職市場で、パフォーマンスチューニングの基礎知識を持った人材を見つけることは困難であり、我々は人材を一から育てる覚悟が必要です。

これらは、特定のアーキテクチャ、プログラミング言語、開発手法を学ぶ前に理解しておくべき基礎的な素養です。
これらの素養を備えた人が、Spelldataが追求する理想的な技術者像です。

業務時間内での3時間学習時間の導入背景

この制度を開始した契機は、IT業界の高い転職率です。
技術者の多くは3年程度で転職する傾向があります。
採用しても、人がつくったシステムのパフォーマンスチューニングばかりやる仕事ですから、「自分でシステムをつくりたい」と転職してしまいます。

更に、一人前のパフォーマンスエンジニアに育てるには10年程度必要とされます。
医師が手術の数で腕が決まるように、パフォーマンスエンジニアも、実際に改善したITシステムの症例数で腕が決まります。
3年程度では、深いレベルでのパフォーマンスチューニングはできません。

加えて、問題なのは、募集しても応募がほとんどないことでした。
そのため、思い切った方針転換をし、未経験から女性技術者を育成することを決めました。
現在、女性の貧困問題やシングルマザーの課題、子育て終了後の女性の社会復帰といった問題が注目されています。

完全在宅勤務で、残業はなく、福利厚生を手厚くする。
家庭や子供を持つ女性が働きやすい環境をつくることで、優秀な女性の応募が増えるのではないかと期待したのです。
この仕組みを整えて、マザーズハローワークを活用した募集を行ったところ、応募者が増えてきました。

しかし、すぐに女性特有の問題に直面しました。
特に結婚や出産を経験した女性は、男性よりも生活の負担が増し、自己の時間を確保することが困難なケースが多く、自己学習の時間を見つけることが難しいのです。

私の職業観は、「自己の技術力による収益」を基軸にしています。
自社の教育制度に依存するのではなく、自己の時間と費用を投資し、自己教育を行うことが成長と収入向上の道だと確信してきました。
それは部下へのマネジメントスタイルにも反映され、技術者としての成長を通じた昇給を推奨してきました。
そのため、業務時間内に学習時間を設けるという決定は、私にとって大きな葛藤を伴いました。

しかし、思い切って、業務時間内の3時間を学習時間に確保し、未経験でも安心してスキルアップできる環境を提供することにしました。
この方法により、1日3時間、年間では700時間以上の学習時間を確保することが可能となりました。
この教育制度によって、従業員がどんどん成長していくようになったのです。

3時間の毎日学習制度による効果

4年前から運用してきたこの制度は、まだ改善のための試行錯誤を続けています。その中で見られた主な効果は次の通りです。

業務効率の向上

まず、午前中の3時間を学習にあてることで、残る実働時間は午後1時から5時までの4時間となります。
多くの従業員が子育て中の女性であり、残業は難しいです。
なぜなら、彼女たちは5時になれば子供を保育園や幼稚園、あるいは学童から迎えに行かなければならないからです。

業務時間が短いものの、仕事の量は多いため、無駄な時間や行動は許されません。
業務時間の終了が確定しており、残業が不可能なため、自然と集中力を高めて効率的に仕事をこなすようになりました。
従業員からは、この制度によって生活リズムが整い、仕事とプライベートのメリハリがついたというフィードバックを得ています。

学習成果の可視化

業務時間内での学習を導入した結果、学習による成長を具体的に把握することができるようになりました。
Spelldataでは、年間の基本カリキュラムを設定し、従業員にはその年に学ぶべき事項が明確にされています。
また、今学ぶべき内容の書籍をAmazonで購入し、従業員の自宅に送っています。

全員が同じ内容を学び、Facebookの企業向けサービスのWorkplaceに学んだことをアウトプットすることで、他のメンバーから異なる視点や考え方を吸収できるようになり、学習の相乗効果を向上させました。
Spelldataは、完全在宅勤務であるため、年に数回しか顔を合わせる機会がありません。
それでも、互いの学びの共有を通して、メンバーの人柄や、どんな考え方をする人なのかを理解しあえるようになりました。

従業員の能力の定量的評価

Spelldataは特異な業務スタイルを採用しており、全ての業務や学習にかかった時間を毎日Wrikeというツールで記録し、リソースマネージャが確認し統計分析しています。
これにより、学習に必要な時間の分布データを活用し、学習項目の理解にどれだけの時間が必要かを明らかにしました。

最初の3年の学習項目は全員共通です。
分布データと試用期間3か月の学習進捗状況を比較し、従業員がSpelldataが望むスピードで学習し、新たな知識を吸収できるかを判断します。
また、学習内容のアウトプットを読むことで、その人の学習の癖や理解度なども詳細に把握できるようになりました。
これによって、個々の従業員の何を重点的に指導すればいいのかが明確になりました。

このデータは、試用期間中の従業員の評価にも活用されています。
入社試験には適性検査や学力検査が含まれていますが、その人が実際に適任かどうかは、一緒に仕事をしてみなければ判断できません。
その際、試用期間中の学習進捗とアウトプットをチェックすることで、本採用すべきかどうかを判断します。

Spelldataでは、「虚数の情緒」という、1000ページある本を入社から1年かけて読ませて学習させます。
その日々の学習内容に対するコメントを読むだけで、試用期間中の人が、どの程度のポテンシャルを持っているのか、明確に判断できるようになりました。

学習制度を強みに持つSpelldata

「学習する組織」は、知識労働社会が向かう未来で組織が存続するために必要不可欠な方針です。
この重要な制度を会社の一部として組み込むことは多くの試行錯誤を伴いましたが、3年の運用期間を経て、上記のような利点が明らかになりました。
午前中3時間を学習に費やす制度を通じてIT技術者を育成することが、Spelldataの強みとなると、成長を続ける従業員達の姿を見て確信しています。

組織の成長はそのメンバーの成長から始まります。
また、IT技術者の仕事は、技術知識だけではなく、広く深い基礎知識と職業人としての倫理感が求められます。
これが教育への投資が必要となる理由であり、基礎知識を確固と習得した高度な技術者を養成することで、お客様に価値を提供し続けます。

こんなSpelldataにご興味を持っていただけたなら、ぜひ、ご応募ください。